
2月17日 新月
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テーマ概要
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レポート一部
テーマ概要
心の中に澱みがあるとしたら、その理由はなんですか?
自分に対して、目を背けていることがあるとしたら、それは何でしょうか?
いつからかそれが当たり前になって、習慣化したことさえ気づかずに、自分を小さく低く抑えている。
それは、あなた本来の立ち位置で合ってますか?
私達は無意識のうちに、手足を縮め、行動範囲を狭めていく。
その方が安全だから、その方が安心だから。
無理をして慣れないことに手を出して、上手く行かずガッカリするよりは、今がそこそこであればこのままでいい・・・・。
それは、単に可能性に挑戦していないだけではなく、自分自身を自由に生きていないのです。
思いつくことは無限にあれど、どれにも手を出さず、一歩も踏み出さないでいるのは、魂の導きさえ無視して生きることに他ならない。
では、無鉄砲な思いつきを、単なる妄想でも、何でもやってみればいいのでしょうか?
いや、大人なのだからきちんと考え選びましょう・・・と言う時代はもう終わりました。
思いつき、行動に移した途端に、可能性の扉が全開になる時代。
令和八年は、生きていることを喜んだ者勝ち!
次なる大きなシフトである春分を前に、今こそ魂が響かせている喜びの振動を解き放つとき。
レポート一部
新月のサイキックコヒーレント
2月17日(火)
お導きの皆様方、どうぞお導き下さいませ。
祈るや否や体から解き放たれて、宇宙に放り出されたような感じになりました。
瞬間的に自分が宇宙であるという、覚醒した時のあの感覚が蘇りました。
この宇宙は私。
この宇宙である私を見ている神様がいる。
大きく包み込んでいる宇宙がある。
神様の目の中に私の宇宙があり、神様の目は私の目であり、神様は私と同じもの。
私たち一人ひとりを見るのは、顕微鏡で小さな粒の動きを観察するようなもの。
全ては目の中にある。
では、参加の皆さんを呼び出します。
ワークを始める前に、波動座標を確認しておいた皆さんを、そこから霊的な波動だけを呼び出して、ここに招き入れます。
皆さんがここにやってくるのが凄く速いです。
光が飛んでくるみたいに、シューっとここに現れました。
10年前の始めた頃と比べると、皆さんが高波動ゾーンに上がるのが凄く速く、しかも簡単に、どんどん、一瞬の出来事で高次元にやって来られるようになっています。
地球はもう、いたるところに張り巡らされていた波動の壁がどんどん破れて、制限なく翼を広げられるところに進んできています。
ここにやってきた皆さんの光の粒が段々集合して、時計回りの渦になってきました。
このワークに参加していると、参加者の一人ひとりの横の繋がりはないのに、ここに来ると一瞬で調和を始めます。
これは私たち魂の本質が表すことなんですね。
誰もが調和したいと望んでいる。
肉体に入って地上で生きていると、言葉と行動で時間をかけて調和してくる、心を通い合わせる。
それが地上の時間の中を進む有り様ですが、皆さんは波動体になると、本来の調和を望む波動が自然に、この渦巻きの調和を起こさせていくんですね。
今の波動の時代は、自分のエネルギーと波動がここで見ているのと同じように自然に調和になる。
そのような振る舞いをすることは、人生を喜んで生きているということ。
もうこの光の流れで、今日の導きの答えをもらったような感じですね。
それでは皆さんがすでに調和の状態になっているので、脳波コヒーレントから始めます。
(ワークに集中)
コバルトブルーの光。
サードアイチャクラの典型的な色の動きから始まりました。
(ワークに集中)
光が出会って、響き合って、調和する。
また光が出会って、響き合って、さらなる高い調和へと進む。
幾何学模様がどんどん現れています。
(かなり長い間ワークに集中)
今日の幾何学模様は、竹籠の編み模様みたいな感じ(カゴメ柄)に見えています。
日本の和柄は、高波動のエネルギー、波動の動きを表しているものが多いのですね。
・・・・
一部公開はここまで
<レポート後記>
新月のサイキックコヒーレントご参加の皆様、ありがとうございました。
ワーク後のその後、いかがでしょうか?
今回は、とても高い波動階層・・・、と言うか、波動の階層を越えたところに行ったような気がしています。
とにかく高波動過ぎる!
ワーク中も高波動に包まれて、あちらではとても活発にワークをしているのに、体だけが勝手に寝ようとする。
文字起こしに録音を聞いても眠くなるし、録音自体が寝言を言っているみたいに夢の中で喋っているような話し方です。
途中で夢を見ていたような記憶もあるのですか、録音を聞くと、普通に前後の文章がきちんと繋がっていて・・・。
それよりも、このワークの後から、とても小さな記憶が次々に思い出されて、しかもその全部がとても些細な自己不一致からの言動の場面ばかりでした。
自分の本音と大きく違えてはいないのですが、ほんの少しの言葉の選び間違いや、表現方法のずれで振る舞ったことなど、出るわ出るわ、自分を喜んでいなかった瞬間のオンパレード状態になりました。
皆さんはいかがでしょうか?
こんな記憶の掘り起こしは珍しいので、天之常立神のお導きの作用かなと思っています。
一通り心の底まで掘り起こしたら、きっとピタッと止まるのでしょうね。
但し、思い出したときに慈しむことをお忘れなく!
多少のズレも、残念な選び間違いも、すべては愛おしく。
その時はそれなりに精一杯自分で居たはずの自分を、優しく受け止めて慈しんであげて下さいね。
合掌。