
高次元ワーク2026
令和八年
高次元ワークを始めて、あっという間にまもなく十年目を迎えます。
この間にたくさんのお導きをいただきました。
それは、まずワークに対するテーマとしてのお導き。
いただくテーマだけでも、そのワーク日近辺に広がっている波動の意味が伝わって来ます。
今私達はどんな「時」を進んでいるのか?
それは、どのような心がけや取り組みで越えていけるのか?
お導きの言葉から、私なりに解釈することはともかくとして、言葉から受け取れる意味はとても深いものを感じます。
そして、その言葉におおよそこういうことを指しているのだろうな〜と思っていたことは、ワーク当日の直に受け取る波動によって、もっともっと深く高い意味があるのだと分かるのです。
それによって、いかに私達は狭い視野の中でものを考えているのかと実感します。
あのテーマは、こんなに深い意味があったのかとワークの中で受け取るメッセージに、いつも感動せずにはおられません。
こんな感動を伴うお導きをいただき、この九年の間に、参加して下さる皆様が、知らず知らずの内に霊的な成長を遂げている。
いつの間にか、高い波動の視野を持ち、地上を生きる自分に対する捉え方が変わっていく。
気になることや悩みが、目先の小さなことから人生の広い視野へ、もっと言うと魂としての転生の旅の意味にまで意識が広がっている自分に気づかれるようです。
それが、このワークを神様からいただいた理由です。
2016年の年末に、高次元の導きから新しい方法が降ろされました。
私が見た地球の波動は1990年代からどんどんと開き始め、それを加速させるために私達の霊的成長が不可欠であると教えられ、自分のエネルギーと感情を見つめ自分自身を探求するスクールを開講しました。
覚醒によって見えて来た未来の地球の姿。
その地球に波動を合わせ成長を遂げることが、開いて行く波動に相応しい有り様であると。
ところが、スクールの中でいつもぶち当たるのは、地上の重い生活習慣や価値観、そこにある抵抗や恐れによって成長が進まない状態の人達。
その抵抗や恐れは、本来の自分ではないのだとあの手この手でお伝えしても、恐れにしがみつき歩みが滞る人達。
1993年からスクールを始め、2016年には23年も経っていました。
こんな調子で、地球の波動開きは叶うのか?
そんな疑問をお導きに投げかけた時に、高次元ワーク「サイキックコヒーレント」を授かりました。
神々が地上の人達に行っている光の導き。その「現場」(?)を高波動階層に誘われて見て体験したのです。
「いつもこのように皆に光を降ろしている」。
「さあこれを、これからあなたがやりなさい」と、「サイキックコヒーレント」を示されました。
2017年の本格始動は、「夏至のサイキックコヒーレント」からでした。
初めてのワークが、皆さんにどのように受け止められるか、またどんなワークか体験していただく。
その目的で無料ワークを行ったところ、何と600人近い人達が参加して下さいました。
体が浮いた、色とりどりの光を見た、体中に電気が走ったみたいになった、目を閉じて受けていたのに部屋の中が透けて見えた・・・などなど、当日の体験に驚く感想が次々に送られて来ました。
そして、翌朝目が覚めたら、幸せでいっぱいな気持ちだった、悩んでいたことがすっかり消え去っていた、気分がもの凄く晴れやかになった、毎日が凄く楽しくなった、これまでの自分がとても小さく感じられた・・・などと、後日談もたくさんいただきました。
お導きの神様が、しっかりと皆さんに光を届けてくれている。
神様が直接降ろすより、ちょうど良い仲介者となる人間が介在することで、より心の奥深くまで届きやすい。
それが私が高次元ワークを授かった理由でした。
そこから令和八年はちょうど十年目となります。
十年一区切りと言いますか、何かの周回のような、これからの高次元ワークがこれまでの波動ワークから一段進んだものになるのだと分かります。
毎月のワークのたびにいただくお導きも、いつの間にか宇宙の一員となる目覚めのために魂達に伝えられていると感じます。
自分のこと、心の内のこと、人生のこと、そんな地上の生き方に関することから、いつの間にか魂が生まれて来た目的、魂の成長に関すること、そして一番最近では、令和七年の秋分で、私達が神々と同じであると語られました。
仰ぎ見て崇めていた神々は、自分の内にあり自分自身であると。
そしてそのように自分を認識し生きること。
そのように霊的に目覚めるための秋分越えを、私達は果たしました。
令和八年は、どのような「時」になるのか?
私達は日常の中にありながら、光を呼吸し続けること。
自分が光であると自覚し続けること。
光そのものの生き方で、光としての存在になること。
光の道は、容易くありません。
人としての全肯定を呼吸し、すべてが導かれている自覚の元に進みます。
光の道は一本道。
脇道も、引き返すことも、立ち止まることも許されない、ただただ進むこと。
何故なら、光は直進しかしないから。
真っ直ぐに進む。
己を信じて、自分を誇り、要らぬ穢れを脱ぎ捨てながら、清らかである姿を完成させる。
令和八年の一年間は、光として生きる予行演習のような年になるでしょう。
生き方の価値基準がすべてひっくり返ります。
自分を捉えていた観念が、根本から覆ります。
覆らせます!
光として本来の姿を表すために、令和八年の高次元ワークで一緒に動乱の一年を駆け抜けましょう!
合掌。