ナスカの地上絵

第7章

不思議な遺跡に興味津々だった頃、ナスカの地上絵を見に行きました。マヤ・アステカとインカの歴史に触れるメキシコからペルーまでの長旅の中に、ここへの観光が織り交ぜられていました。

イカと言う小さな空港から、小型プロペラ機に乗って片道1時間半ほどのところに地上絵がありました。

小型プロペラ機はとても小さく、乗客4名にパイロットのみ。搭乗してみてその小ささが分かると、それはそれはスリル満点のフライトでした。

こんな小さな飛行機で空を飛んだことがない面々は、皆一様に怖がっていました。

それでも地上絵上空になると、アクロバティックな飛行に歓声を上げ、パイロットが叫ぶように変な日本語で説明する「さるっ!!」「はちっっ!!」と、有名な絵を見る度に大喜びしたものです。

さて帰り道。

行きはこれから見る地上絵にワクワクしながらのフライトでしたが、見終わると急に睡魔に襲われ深い眠りにつきました。

そこで見た夢が、それが夢とはとても思えないリアルで鮮明な感覚でした。

私は再び地上絵の上にあり、地上の様子を眺めているところから始まりました。

地上では大勢の人達が集まり、お祭りのように歌を歌いダンスをしています。但し、それは単に賑やかな宴会などとはほど遠い、神聖な儀式のように見えました。

眺めていると、この日が特別な日で、年に何回か行われる祭事が営まれているのだと分かります。

人々の装いは、旅の中で見てきた民族的な衣装を着、独特の踊りをしていました。

私は、この儀式に何度となく参加し、いつも何らかの役割を担っていた記憶が蘇りました。それがどう言う意味を持っているのか・・・と眺めていると、不意に地球を見下ろしている視点に映りました。

そこには私達が棲まう青い地球が、美しい輝きと共にあり、地球の内部に光が走っているのが見えました。

こちらはまたの機会にお名話しするとして、どれも一瞬のフラッシュバックみたいに見え、長々と眺められていたわけではありませんでした。全部合わせても数分にしかならないような映像を、帰りのフライト中の1時間以上もの時間をかけて見ていたのです。

この大きな時間感覚の違いと、不思議な印象が残るその夢は、単なるお昼寝の夢なのではなく、私が異次元トリップをしていたのだと実感していました。

 

 

 

この記憶には後日談があります。

それは、まったく別のイベントで参加したインカの過去生を持つという男性がペルーから来日し、その講演会に参加したときのことです。

当時少なかったスピリチュアル系の雑誌社が主催したイベントで、その男性が招かれたのです。

私はこのイベントにブースを借りてヒーリングの紹介を行っていました。

たくさんのお申し込みの合間に、この人の講演だけはぜひ聞きたいと、受け付け枠を休憩にしてもらい参加しました。

この男性は、インカの過去生が蘇ったことで、今生でやらなければならないことを思い出し活動していた人でした。

お話は面白くとても興味深い内容でした。

講演の後半、ヒーリングを促す誘導をしてくれました。

私はあっという間に深い眠りに落ち、またそこで夢を見ました。

この夢も、日常の睡眠による夢とは感覚がまったく違い、意識の状態が特殊なところにある異次元トリップでした。

夢の中で、講演をしている男性が私の目の前に立っていました。

その男性の後ろには、黄金に輝く円盤がありました。この人は、この円盤から降り立ったようでした。

見渡すと、そこはナスカの地上絵の場所。広い平原に、黄金に輝く円盤があり、その前にこの男性が立っているのです。

そして私に、何か白銀に光る器のような物を授けています。私は、それを誇らしい気持ちで受け取るのです。

今日は私にとってとても大事なお役目の日。

今日は一年に数回しかない大切な日。

この日に、私はひとつの絵の上をこの器を持って歩くのです。

その時間、その時、私は宇宙から降ろされる光を受け取り、地上に降ろし、地上の波動を光に同調させる。それがこのときハッキリと思い出されたのです。

こんな意味深い異次元トリップをしたと言うのに、私はブースで行っている次のセッションの時間があり、その男性と話しをすることなく慌ててそこを立ち去ったのです。

あの黄金の円盤は何だったのか?

 

その答えはその後すぐに分かりました。

このイベントを主催していた会社に関わっていた人が、このすぐ後に私の個人セッションを受けに来てくれたときのことです。

ペルーから来日した男性がこのスタッフに語ったところによると、


過去生で地上に降ろした黄金の円盤を探している

と言うのです。

なんと、そんな話しはまるで知り得なかった私でしたが、イベントの会場で異次元トリップをした際に、その男性が乗ってきた宇宙船を見ていたのでした。

辻褄の合う話しに、私はまさしくあの場所で過去に生きていたと核心したのです。

このナスカでの過去生は、宇宙の波動と地上の波動を感じ分け、その時々のテーマを伝え解く役目をしていたようです。生涯を通し、波動受信機としての能力を高め、必要なメッセージを伝え地上の波動を整える“波動の見張り番”が仕事だったようです。

 

 

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さて、一連の記憶から、それぞれが意味していることを纏めると、ナスカの地上絵は、年に4回ある節の日を中心とした波動シフトの日に使われた波動増幅図形だったのだと分かります。

波動シフトの日には、高次元の波動を地上に降ろすため、地上側に広い波動幅を持つ人間が必要で、ナスカでは子供のうちからサイキックな能力のある人間を教育し、必要な波動領域に育て上げ、地上の調和を図るための役割を担わせていた。

そして、定期的に宇宙からやって来る指導者である高次元の存在達とは、日常的に交流があり、地上の波動を整えるための指導を受けていた。

地上絵が数多あるのは、シフトされる波動の特色によって、どの領域の波動を調整するかによって、その都度描かれ選ばれ使われていた。

こんなところでしょうか。

 

私がスピリチュアルヒーラーとして活動をスタートすると、この節の日の波動についての感覚が敏感であることが分かり、この波動を増幅し人々に広げるためのワークショップを次々に作り上げてきたのは、このような過去生の記憶に基づくことだと思われます。

また、日常の生活をしていても、宇宙の波動を肌で感じ取れるのは、この過去生の訓練が刻まれているからでしょう。

そして、2016年に降ろされた「サイキックコヒーレント」が、まさしくこの過去生で波動の幅を広げる修行を積んだ後に完成させた方法を、地球の大きなイベントのときに合わせて蘇らせたのだと分かりました。

 

 

※ナスカ地上絵についての解釈は、世界中の多数の方々により幾通りにも語られています。私の記憶こそが正しいと言うつもりはありません。ただ、私にはそのように感じる、とご理解下さい。