イヤーリーディング
令和八年 2026
皇紀2686年
日本が光を取り戻すときに
皆は気づいているだろうか?
全てのことがたった一つの点に向かって集中していることに。
まるで障害物競走の様に、一つまたひとつと問題を超えて行く。
これから七年後、令和十四年(皇紀2692年:西暦2032年)まで。
導きである国常立尊は言った。
それまで、皆は走り続ける。
越えても越えても立ちはだかる障害の間に、立ち止まることなく突き進んで行く。
ここで自分が踏ん張る。
仲間も踏ん張っている。
向こうでは誰かが越えている。
次々に訪れる災難は、まるで私達を試しているかのようだ。
試しているのは、神でも誰でもなく、この地のこの時代に降り立った魂達の総意。
次第次第に皆が向かっている先が見えてくる。
この障害物競走のような道の終わりに訪れる開けた世界。
その世界を獲得するために私達は来た。
この挑戦に参加した。
日本が失った光を取り戻すために。
そして、その光で世界を新しく創り変える。
この大きな挑戦に手を上げた魂達が、神々の導きで日本に降り立ったこと。
血肉の隅々にまで刻まれている記憶。
今、私達は新しい道に躍り出ている。
皆は気づいているだろうか?
その道が既に始まっていることを。
そして、後戻り出来ない道に進んだこと。
神々も共に走る。
あの光溢れる世界に到達するために。
今年5月に行った「高次元ワーク」サイキックコヒーレントの中で、神々のお導きで未来の宇宙に行きました。
そこで「地球の封印が解かれ、宇宙の仕組みが変わり、完全調和になった宇宙の姿」を、見せてもらいました。
そのとき、それが7年後と言われました。
地球に封印がかかっていた。
それが、私がずっと感じていた「開いて行く」ことだったのだと分かりました。
私達魂は、自分で選んだ人生の粗筋をすべて忘れて地上に降りてくる。と、そのように思っていましたが、それは忘れざるを得ない閉じられた場所だったからなのですね。
地球は、1900年代の始めから既に開き始めていました。徐々に開いて行く感じを、「地球がチャクラワークしているみたいだ」と、私は発信し続けて来ました。
大きくぐぐっと開き始めたのが2000年に入ってから。
その頃に生まれた魂達は、「すべて忘れる」制限が緩くなり、かなりの記憶を持ったまま降りてくる存在も増えました。
令和七年の春分から夏至に向けて、これまでにない劇的な開きが起こり、これでもう後は真っ直ぐ一本道。
ただただ自然な開きが加速していくだけ。
そのように捉えていたときに、高次元ワークのお導きで「これから7年」と伝えられたのです。
さて、今日本は、未だかつてないどん底を体験しています。
このどん底とは、霊性の低下、曇り、穢れ。 私達日本人が神々から授かった神と同じ能力である霊力がまだ取り戻せていないのです。
そんな腑抜け状態の人だらけの日本に、これから7年間も「荒波の中を進んで参れ」と導かれている。
それは、私達にとって本来の霊力を蘇らせる為の試練であって、ひとつ障害を越える度に光が解き放たれていく。
困難を前に、身震いするほど過酷な思いをするかも知れません。
が、しかし、これを越えたらひとつ光が戻って来る。これを怯まず進んだら、より良くなる可能性しかない次なる課題がやって来てくれる。
私達は、まるで自分を喜ぶかのように、自分でない姿を脱ぎ捨て脱ぎ捨て、光の中に躍り出て行くのでしょう。
7年間の一年目は、既に始まっています。
この導きを受け取った令和七年の5月から、6月の夏至で第一関門通過。
9月の秋分には、これまでの秋分では体験したことのない大きく深い波動の開きを体験しました。
この後に来る12月の冬至で、私達は本格的に大海原へと進むのでしょう。
舵取りは選ばれました。
つまり、舵取りは行く手を指す者。
船を漕ぐのは私達現代を生きる魂達です。
日本が地球上に誕生したその時から、連綿と命を繋いできた魂達との総意の元、今私達はすべての日本人の力を合わせ導かれる道を進む。
令和七年の年頭で、「日本はこの一年間世界から忘れ去られ、国力を骨抜きにされ、地球上から沈んでいく、そんな一年になるだろう」とお導きをいただきました。
ここまでの9ヶ月を振り返って、確かに世界が大激変を起こしているのに、日本だけ旧態依然として古い世界観を生きていた・・・、と感じます。
この秋分を迎えたとき、原初の日本の源から、未知の世界を進む私達に「しっかりせよ」と呼びかけられたような感覚がありました。
現代を生きている人だけでなく、私達の国は、日本は、地球上に人類が登場したときからずっと今の私達まで、日本人が紡いで来ているのです。
世界各国から人が集まり、皆で日本人になった。
皆で日本国を創り育て保ち続けて来たのです。
原初のご先祖様達に伴走してもらいながら、神々の分け御霊として降り立った魂達が、今光を解き放っていく。
令和八年の日本は、海に沈んで真っ暗だったところに、一条の光が差すかのように、そして夜明けの陽が少しずつ地平を明るくしていくかのように、次第次第に光が注がれて来る。
祖先から受け継いだ本来の光を取り戻すために!
合掌。
寺尾夫美子
令和七年十月四日記