イヤーリーディング
令和九年 2027
皇紀2687年
癒やしの年に
禍と諍いの最中に、私達に一番求められるものは、自ら身を整え鎮める力。
誰もが我が身を思い、心の平安を保つことが出来たなら、荒れ狂う地上の嵐など一瞬で鎮めてしまう。
自分の行いがもたらしたことなら尚更、速やかに改める精神力を働かせたい。
令和九年は、それが問われる一年となるでしょう。
神々が知らせて来るのは、『来たる荒波に備えなさい、自らを清め高め、どんな困難に遭遇しても心の静けさを保てる姿であること』。
今の私達の地上は、一見平和に見える秩序が保たれた世界です。
人々の心の中にどんな嵐が吹き荒れていても、人々との間に得体の知れない不穏な空気が流れていても、誰かと誰かがいがみ合っていても、私達の国の秩序は保たれている・・・ように見える。
しかし、エネルギーと波動の視点で見れば、釣り合わない関係の中での奪い合い、同調することのない波動同士のぶつかり合い。
それが生み出す摩擦の中で、私達の心も体も著しく疲弊しているのです。
側で大声を出す人の苛立ちに、心静かに居られるでしょうか?
理不尽な言いがかりをする人に、穏やかな笑顔を保てるでしょうか?
ただ少しの間違いをしただけの人に、ことさら非難をし、苛立ち、大きく気分を損ねることはないでしょうか?
誰かの間違いが自分を揺さぶり、遠くの世界の状況に一喜一憂する。
心穏やかにいることが、いかに困難な世界に居るのかが分かるでしょう。
しかし、そんな「外」から影響を受け、自分を揺るがせているのは自分自身です。
「内」なる心の声に従い、今在ること、保ちたい精神的な立ち位置、どう生きるのかを明確に示すことが出来たら、どれだけ穏やかでいられるでしょうか。
もう、「外」のことに振り回され、「外」のことが自分の有り様を決め、「外」の何かが自分を脅かせている、そんな生き方を終わらせるときです。
これからの世界は、地球が開いた高い波動階層での調和を獲得するまで、その波長にはまらないあらゆることがことごとくガラガラと音を立てて崩れていきます。
慣れ親しんだ古い波動階層で整っていた秩序も習慣も、身に付いた振る舞いのすべてが、再創造の時代に入るのです。
創造の前に必ず、破壊が起こります。
一度すべてをバラして、一から纏め直すように、私達の世界が破壊の現象を体験するでしょう。
このとき、それぞれの精神性の違いによって、起こる現象が違ってきます。
ある人には恐怖以外のなにものでもなく、ある人にはすべてを奪われるような危機感を味わわせ、またある人には生きていけないほど追い詰められる感覚になるでしょう。
しかし、変化すること、新しい何かを創り出すこと、その喜びの中で、今よりもっと素晴らしい姿になるなら潔く受け止めて行く。
そんな清々しい心でいることも出来るのです。
それを叶えるのは、自分自身で在ること。
いつもどんなときも、自分であること。
魂が決めた今生での個性を喜び、その自分が体験するすべての出来事に感謝出来ていたら。
そのために、自分を癒やしたい。
今、これまで生きて来た人生の中で味わった心に痛かったこと、未だに手放せていない許しがたいこと、後悔と悔しさで心が沈んでしまうような忘れられないことを、許すことができたら。
心から痛みの残骸が消え、「外」からの影響に揺れない自分を確立出来たら。
まるで荒れ狂うかのような波動の嵐の中で、静かに自分を保ち優しく微笑むことが出来たら。
人間は毎日毎日、何らかの心残りを味わうもの。
いつでもどこででも、小さな傷を心に刻んでいるもの。
無意識に、気付かないくらいの、気に留めることもないほどの、だけど全くの無傷ではない。
それが今私達が居る波動階層の仕組みです。
だから、これまでも、これからも、自分を癒やし続ける。
重い波動階層から離脱するそのときまで、祓い清め、自分を保ち続けること。
これが、神々が地球に日本という国を置き、この時代に日本人という霊的な民族を育てた理由です。
私達日本人にとって、令和九年、どの国よりも先に破壊を迎えます。
大混乱の中で平静でいられたら、世界の波動が創り出す破壊と創造が成されるのです。
それを選んで降りて来た日本に生まれた魂の仲間達へ。
令和九年は心して進む年であることを、共に心に刻んで歩みましょう。
合掌